ロードバイク(BASSOのLOTO)、クロスバイク(プレスポ)乗りのブログ
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結婚式の友人代表スピーチを引き受け、式の1ヶ月ほど前に下書きしていた時のこと。

人にどう思われるかを気にする僕は 
スピーチで感動させたい、笑わせたい、凄い奴だと思われたいという俗物的な考えで下書きをまとめ上げた。

それを読んでみたところ、笑わせよう感動させようというのが丸見えで とにかく寒い。
自分で作っといてアレだが、心がこもっていないのがよくわかる。
そのあとにどれだけ文章を練り直してもその「匂い」は消すことが出来なくてどうしたもんかと考えた。

なぜ寒いのか。それはきっとニセモノだから。

店員が「アリガトウゴザイマシタ」と棒読みしているような
女性アイドルが男の前でわざとらしいリアクションをとったような
笑っているオッサンの目が座っているような、
まやかしの空気を下書きに感じた。

自分が良いように思われるために書いたのに
友人を祝ってる俺、という風に見せかけているスピーチ。

寒いのは当たり前、心が感じられないのも当たり前だ。心底自分が情けなくなった。

どれだけキレイにまとめあげて見せたって、人は必ずニセモノだと気づく。
底の底の、本音ではない言葉は人には届かない。


そんな当たり前の事に気づいて下書きを全部消し、ただ心から思ったことを書いた。
新郎はどんな子供だったか、どう成長していったのか、いい所はどこか。
自分がどう思われようと知ったこっちゃないと開き直り、祝福の言葉も自分の表現で書いた。

そしてスピーチで真剣に伝えた。

すると不思議なものでみんな笑ってくれるんですよ。
そういうの一切考慮に入れずに書いたものなのに。
披露宴が終わったあとは結婚式場のスタッフからも「面白かったです」と声をかけられた。

帰りの電車の中、世の理(ことわり)のひとつが分かった気がして
白いネクタイを外しながら「なるほどなぁ…知らなかったなぁ…」と呟いた。

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